釣り人の笑顔
こんにちは。今日は、釣りの話。
印象に強く残っているふたりの人について、書きます。
<わらさ>という魚をご存知ですか。出世魚のブリの一歩手前、それが、<わらさ>、です。3、4kgになる、かなり、大きな図体の魚です。
5年ほど前、会社の仲間と異常に釣りで盛り上がり、さて、今度の土日は、<きす>、その次は、<アジ>、その次は・・・という、めくるめく熱中期がありました。
頃も秋、そろそろ、ぐぐぐっと当たりの強いのを狙ってみようじゃないか、などと、話が弾み、それだったら、<わらさ>だよね、やっぱり、そうそう、それそれ、とあいなりました。釣り新聞を見ると、<わらさ、絶好調!釣果30匹!>との見だしが、ぴちぴちと、誘うように踊っています。早速、船宿に予約。土曜の早朝に、船上の人になりました。
出船するときの釣り人は、誇大妄想にとりつかれます。おれだけは、絶対、釣れる、もういやだっていうほど、釣れる、そんな入れ食う状態をイメージしながら、沖に向かう。そして、おのれのクーラーボックスに目線をやりながら、ちょっと小さすぎやしなかったか、と不安になったりするのでした。
ところが、です。この日は、まったくの<ぼうず>日。最初、船尾で、2,3匹が、かかっただけで、あとは、声がない、あたりがない、魚がいない。
こうなると、船長も焦る。なんといっても、一万いくらかの金を払って船に乗ってる。なにも、釣りの格好をして船遊びにきたわけじゃない!この大海に<わらさ>の一匹もいないのか!!船中が沈黙し、冷たい視線が船長に向けられる。
そんな時、私の隣に座っていたおじいさんが、「空がきれいですね」と、一言。
乗船したときから気になっていたのですが、70ぐらいで、動きが静かで、釣りという趣味をたんたんと積み重ねてきた、そんな感じの人でした。
「こんな日は、騒いでもだめなんですよ。魚も、腹が減っていないんでしょう」。
なんか私も、急に、力が抜けてしまって、棹を手から離しました。
「釣れてる時間より、釣れていない時間のほうが長いんですから。釣りってぇーのは、どうーにもなりません」
釣りを極めると、哲学者にちかづいてゆく。そんな趣旨の文章があった気がしますが、この時のおじいさんが、まさに、そうだったように思います。せっかく金を払ったんだから、クーラーボックスを一杯にして帰りたいという欲望。その逆にある、釣りの道。なるほど。こんな澄んだ世界もあるんだなと。
「惨敗ですな、惨敗です」
日に焼けた顔が、私のほうを向いて、笑いました。この時の、惨敗です、という言葉とその笑顔は、今でも、はっきりと思い起こすことができます。
そして、もうひとり。
博報堂のCMプランナーだった延原由里子さん。
超忙しい生活のなかでも、必ず、早朝の船宿に、小さな体で現れ、「きっと、今日は
釣れますよね。うん、釣れる気がする」などと、私たち釣り仲間と元気よく船に乗りこみ、楽しい1日を幾度か過ごしました。
延原さんは、2年ちょっと前に、突然、なくなりました。
いつぞや、下船のあと、「こんなに、釣れちゃった」と、小さくて美しくて白い<きす>を見せながら、笑ったのを思い出します。
それは、釣り人の、とても、いい笑顔でした。
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