リレーコラムについて

カンサイ系です。

赤城廣治

「いま、俺なんて言うた?」会議室に叫び声に近い
大声が響き渡りました。僕はその言葉に耳を疑いました。
「だから!いま俺なんて言うたんや?」ス、スゴイ質問だ…。
僕はADKのその会議室で、なかば何が
起こったかもわからず、言葉を失っている多くの人たちと
同じように、ただ息を飲み込み、次にこの事態が、
いかなる方向に転じていくのか、それをただじっと待つしか
術がありませんでした。つまり無力でした。

それにしてもこんな質問、はじめて聞いた…。
「いま、俺、なんて言った?」自分がたった今発した言葉
なのに、それを真剣にその場にいる人に問う。
それもこんなにすごい剣幕で。会議室は、
ピーンと空気がはりつめたままです。せき払いすることさえ
はばかられてならない。緊張感に満ちています。
そのとき、誰かが口を開きました。
「確か….CDは(その内容自体はもう思い出せません)こうこう、
 こうおっしゃったと思いますけど…」
そうだ。確かにそんなようなことを言ってたようか気が、
僕もしました。そんな主旨の言葉を…。しかし次の瞬間、
「ちがう!俺はそんなこと言うてへん!あ〜!
 もうダメや!思い出されへん!クソッ!もうダメや!
 もうこのプレだめや!」
絶望的な言葉が会議室にこだましたのです。
え?違うの?じゃなんて言ってたっけ?会議室の面々は
再び頼りない記憶をたどりはじめました。だんだん意識が薄れていく
気がしてきました。いったいなんでこんなことになった?
いったいなんで…。

整理しよう。「いま、俺なんて言うた?」
このスゴイ質問を投げかけているのは、北村峰春さんというCD。
この業界にいる方なら一度はその名を、その伝説を
聞いたことがあるであろう、CDです。
いろんな形容詞ってあると思いますけど、北村さんには
「スゴイ」がいちばん似合う。というかそれしか
言いようがない。僕はそう信じています。この話は
今から3年くらい前のある競合プレゼンテーションでの
打合せの席での出来事です。当時の僕は
記憶をたどっていました。TVCMのプロダクションの
メンバーと共に、僕にもお呼びがかかり、この会議室に
やってきたのが、かれこれ4時間ほど前。
TVCMの企画が何方向か出てきた。おもしろいのがいくつが
できた。僕のコピーも褒められた。「ばかでかい仕事やし、
ぜんぶとったる!」チームのメンバーはCDの巨大な求心力の下、
ほぼ完璧な仕事をこなし、打ち合わせは佳境を乗り越え、
あとはコンテの発注と企画書の整理のだんどりをつければ
今日の会議は終了!さ、飲みにいくか!となるはずだった。
だのに、なぜ?と、ふつうの人なら思う。思ってしまう。
しかし、北村CDは違う。全責任をいつもその大きな背中に
ガバッとしょいこみ、四六時中神経をとぎすまし、
企画の話をしている最中に別の企画が浮かんで来てしまう
超人的な男は、この企画会議に生じたわずかな歪みを
見逃さなかった。見逃すはずばがなかった。

「赤城ちゃん。俺はな…。俺は…鮫なんよ。…鮫。
わかる?常に泳ぎ回ってないと…死んでまうんよ」
いつかCDはそうおっしゃっていました。
その言葉の意味は、5年ものおつきあいをさせて
いただいた今の僕には痛いほどわかります。でも、
当時の僕にとってそれは神の領域でした。「カンペキ」。
そう言える領域にたどりつくために、悩み、苦しみ、迷い、怒り、
泣き、もがき、走り回り、ボロボロになる。毎回の仕事で
全くの例外なく。そして勝利する。
北村チームは、そんなチームなんです。

で、そんなCDが気づいたわずかな歪み。その歪みを
解消するための重要な一言を、CDは自ら言ったのだと思います。
言ったんですけど、あまりに神経を削っていたために、
自分でも正確に思い出すことができない。それが
カンペキに思い出せれば「カンペキ」なのに…。
相変わらずシーンとした会議室。CDのうめき声と
貧乏揺すりの音だけが、不規則に聞こえて来ます。
やってみよう。僕は決意しました。
正確には言ってみよう、です。
「あの…間違ってたら…スミマセン」。みんなが一斉に
視線を僕になげかけます。CDはうつむいたままです。
声はガタガタと震え、喉は渇く。でももう引き返せはしません。
「これって、例えば、こういうこと(内容略)ですよね…」
言った。言っちゃった。命がけでした。もし
的外れなことを言えば、もっと事態は悪くなる。ああ神よ…。

「うん!」CDは嬉しそうな顔を僕に向けました。
神様っているんです。「うん、赤城ちゃん、それや!」
「遊園地にいこうか?」と言われて喜んでいる子供みたいな
顔でCDは言いました。そしてエネルギーがビビビと
充填されたようにCDは立ち上がりました。「よっしゃ!」
それを境に打ち合わせはオラオラオラオラ〜!という
いつもの北村チームに戻ってガーッ!とプレテ準備は終了。
この時点で9割は勝ちです。ご存知のように北村さんのプレテは
それこそカンペキですから。そこへたどりつくまでに
カンペキにしておけば、もうカンペキなんですね。
こんなカンジでもういくつもスゴイ仕事をさせていただきました。
今もひとつ進行中です。

思えば僕がTCCの新人賞をとったとき。当時CDと担当していた
食品メーカーの「ナニワ缶」という特別なアイテムを
お祝にくださり「おめでとう!これで東京コーラスクラブの一員やね」
とサイコーの言葉をくださったCD。ボクに長男が
生まれた時、お祝いに頭突きとチューとどっちがいいかと聞き、
とまどう僕を抱き締めて両方同時にしてくださったCD。
「赤城ちゃん。いちばんの賞はTCCでもACCでもないんや。
 赤城ちゃんのいちばん大事な人がいいねって
 言うてくれたら、それがいちばんの賞なんや」と
言い残し、酔いつぶれられたCD。仕事以上にさまざまな
思い出をくださいました。だから今日も僕は命がけで
打合せに参加します。北村さんが自分を削っている
その何万分の一でも自分を削ってカンペキに近づけたら
いいなと心に思いながら。では、行ってまいります。

いつも長々ゴメンナサイ。
カンサイ系の魂も、ほんのちょびっと入ってる赤城廣治、でした。

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