リレーコラムについて

ソフトボールオジサンのこと

手塚俊兵

住まいのある深川から会社のある銀座まで5キロほどの道の
りなのですが、私は1時間かけて徒歩通勤しています。歩く
コースは4つあって気候がよくなると、墨田川沿いをずっと
降り永代橋を渡って銀座に出るコースが快適です。

去年の春、この隅田川コースでひとりのオジサンと出会いま
した。ジャージ姿の風貌も腹の出た体型も親爺日本代表みた
いなその人は、グローブとボールを手にしていました。おそ
らく町内か社内でソフトボール大会があるのでしょう。オジ
サンは清洲橋下の遊歩道の壁に向かって、ピッチング練習を
はじめました。しかしこれがどうにもいただけません。間の
抜けた山なりボールを投げたかと思えば、スピードを出そう
と思いっきり放ったボールは地上5メートルくらいのところ
を無残に叩きつけています。見ちゃいられねえなあ。私は心
のなかでつぶやくと足早にその場を去りました。

それから何度か同じ場所で壁投げしているオジサンを目撃し
ましたが、上達する気配は一向に感じられません。ただただ
同じようなピッチング練習を、ずっと繰り返していました。
でも一心不乱に投げ続けているオジサンの姿には共感できる
ものがあります。あの姿勢は、見習わなくちゃいけないなと
思いました。

そして半袖の季節になったころ、久しぶりにオジサンと遭遇
しました。驚きました。オジサンの下手から投げられている
のは、見事なまでに低めにコントロールされたキレのある速
球ばかり。私は思わず歩をゆるめ、見入ってしまいました。
するとオジサン、ピッチング練習を中断し私の方に振り向い
たのです。薄くなった頭髪が隅田川の風にかっこよくなびい
ています。いちども会話を交わしたことのない間柄でしたが
私たちはもう顔見知りになっていました。そして口元にかす
かな笑みを浮かべたオジサンが、目で語りかけてきたような
気がしました。「どうだい、少しはサマになったかな」。私
も目で答えました。「すごくいい球、放っているじゃないで
すか」。無言の会話を交わしてから、私たちは別れました。

継続は力なり、という格言を身を持って示してくれたオジサ
ンとは、それ以来会っていません。ソフトボールの試合でオ
ジサンが投げる姿、見たかったなあ。

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