リレーコラムについて

日独同盟

田村功

2カ月ほど前、ワールドカップの用件でアメリカへ行って来た。
いや、サッカーとは関係ない。僕の場合は、ビールのワールド
カップである。正式な名称を「ワールド・ビア・カップ2002」
という。世界120カ国からエントリーされたおよそ1200のビー
ルを70部門のカテゴリーに分け、それぞれのカテゴリーごとに
「金」「銀」「銅」の3賞を選びだすという国際ビールコンテ
ストだ。審査員は、アメリカ、カナダ、ブラジル、ドイツ、オ
ーストリア、イタリア、イギリス、オーストラリア、日本の9
カ国から招かれる。今回は各国合わせて70名。僕は日本代表の
一人として参加した。
審査会は2日間にわたって行われ、朝の9時から夕方5時まで
ビールを飲みっぱなし。休憩できるのは昼食どきの1時間しか
ない。
審査のやり方は、こうだ。審査会場に丸いテーブルがいくつも
並べられ、各テーブルには6名の審査員がつく。そこにビール
を入れたグラスが運ばれてくる。僕が一回目についたテーブル
には、ドイツで生まれた「ヴァイツェン」というタイプの小麦
ビールが来た。なんと20種類も。それらを全部味わって、一つ
一つに評価点をつける。それから、審査員の6名がみんなで討
論して、「金」「銀」「銅」の各賞を決める。
僕と一緒にテーブルについた審査員は、アメリカ4人、ドイツ
1人、それに日本からの僕。アメリカ人が4人揃って「金賞」
に押したビールを、まず僕が反対した。「ヴァイツェン・ビー
ルに欠かせないクローヴとバナナの香りが見られない」と。
そうしたらドイツ人も「その通り」といって僕の側についてく
れた。彼はさらに「ヴァイツェンから感じられてはいけない、
硫化ジメチルがはっきり感じられる」と2つ目の欠陥を指摘し
た。しかし、アメリカ人たちは動じない。ついにドイツ人がキ
レた。「ヴァイツェンはドイツのビールだ。オレはドイツ人だ。
ドイツのビールはオレが一番よく知っている。キミたちは欠陥
のあるビールに賞を与えようとしている」と。採決の結果は、
4対2で開催国アメリカの意見が通った。
その夜、僕がホテルのバーで飲んでいたら、くだんのドイツ人
が僕を見つけて「一緒にいいか?」という。「どうぞ」といっ
たら、「さっきの採決は絶対間違っている」とまだ憤まんやる
かたない様子。「どうもアメリカ人はヴァイツェンのことをあ
まり勉強していないようだ」と僕が応じる。「そうだ。日本人
の方がドイツのビールをよく知っている。この次はドイツから
審査員をもっと連れてくる。あんたも日本人の審査員をたくさ
ん連れてきてくれ。そうすりゃ、数で負けることはない」。
「そりゃあ、グッド・アイディアだ」と、僕。ドイツ人は「よ
し、日独同盟だ」といって握手を求めて来た。
たった2人だけの、それも酔っぱらった上での同盟であるが、
僕には友人がまた一人増えたことが嬉しかった。

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