お行儀の悪い看護婦さん 1977
ピンクレディが『UFO』を歌うとき、
途中、挑発するように、腰を大きく回す。
ぐるんとミーの尻がたどる円周は、ケイの3割増し。
だから、どうしてもミーを見てしまう。
スローな、輪のないフラフープ。
そんなものにまで欲情していた、1977年暮れの話。
高校2年のクリスマスイヴ。
昼休みの教室、お調子者のヤスシが近づいてくる。
相変わらずニヤけてる。
銀歯が2本、前歯にのぞく。
「フジイって、知ってんだろ? 3組の。
あいつの家、今夜パーティなんだってよ」
フジイの家は、病院を経営していた。
医者と看護婦たちの恒例のクリスマス会があるらしい。
「来てもいいって。一緒に行こうぜ、な」
こんな日に、彼女もいない17歳が断るわけがない。
会場はフジイ家のリビングで、40畳くらいあった。
チッ、俺の家の畳を総動員しても、かないやしない。
酒の匂い、煙草、それと話し声で空気がカクテルされてる。
テーブルに、タイヤくらいの大きなガラスの器が、
でんとある。
中身は、赤玉ワインに色、色、色のフルーツ、たぷたぷ。
天井を突き刺すようなツリー、ちかちか。
なぜかミラーボール、くるくる。
なぜか鯛の尾頭付き、ぴくぴく。
なぜか市会議員、ふがふが。
なぜか近所のスナックのおねえさんたち、いやんいやん。
俺たち黒い学生服こそ、「なぜか」の筆頭なんだけど。
ヤスシもフジイも俺も、げらげら、フルーツポンチなんかで
顔がかなり火照ってきた、れろれろ。
たぷたぷ、ちかちか、くるくる、
ぴくぴく、ふがふが、いやんいやん、
ん?
突然、ドアが開いた。
若い看護婦が二人、駆け込んで来る。目が真剣。
急患?
致命的ミス?
全員のおしゃべりが止んだ。
ステレオの音だけ妙に残る。
看護婦が叫ぶ。
先生!
と呼ぶのかと思ったら、
いきなり派手なアクションで歌い出した。
「ペッパァ――― ァ警部ぅ!」
え? え? なにこれ?
白衣のミーとケイは、狂ったように躍り続ける。
スッゲェー!
ノッてる、ってこのことだ。
超ミニ!すそをピンで止めてる。
お願い、はずれないで!
4本の足は、とてもお行儀が悪い。
見て、見て、と言わんばかりに、
ひらく、閉じる、もっとひらく。
太腿あたり、白いミニの最下部がきわどく上下する。
白、肌、白、肌!肌!肌!
まぶしい。はずかしい。けど、目を離すもんか。
俺の心臓あたりがキュイーンと喜びまくってる。
首の大動脈はドクンドクンと、いま津波。
ああ、やっぱり天使は存在するんだ。
大好きです!看護婦さん。
「ペッパァ警部ぅヨ!」
ピタッと、最後のポーズが決まる。
ハァハァと、酸欠の二人の胸が盛り上がる。
全員がバカみたいに手拍子して
アンコール!アンコール!とねだる。もちろん俺だって。
ヤスシの、こんなハッピーな顔、見たことない。
歯ぐき全開。銀歯が光る。
おまえは安物のミラーボールか。
メリークリスマス!
あしたから冬休みだ。
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