リレーコラムについて

ろくでなしについて

篠原直樹

「パパ!、パパ!、パパ!…」

もうすぐ2歳になる息子は、
ベッドの上に、まるで芋虫の如く丸まったままの私の布団を指差して、そう呼びかける。
きっと仕事柄、土日や休日も家を留守にしがちで、
なかなか自分と遊んでくれない父親が恋しいのに違いない。

なんて可愛いヤツだ。最愛の息子よ。

ところが、近頃になってそれがとんでもない私の思い込みだ、ということに気がついた。
息子が、家の中の様々なものに、パパ!パパ!パパ!と声をかけるようになってわかった。

リビングに脱ぎ捨てられたトレーナー。
椅子に掛けられたままのGジャン。
ソファーの上の読み捨てられた雑誌。

それだけならまだいい。しかし、挙句の果てには、

テーブルの上に置かれたビールの空き缶。
ゴミ箱に捨てられたワインの空きボトル…。

ここまでくると、もう素直には笑えない。
彼にとって、父親のイメージはろくなものではないらしい。

確かに、私は家に帰ってもよく酒を飲んでいる。
仕事で疲れて帰り、着ていた服をリビングなどに脱ぎ捨てたまま寝てしまうこともある。
しかし、あまりにも酷すぎるではないか。息子よ。

正月明け、妻が息子を連れてゴミ捨てに行った。
我が家の地区では、毎週金曜日が不燃物ゴミの回収日である。
年始めだからか、そこにはいつになく大量のビール缶や一升瓶、ワインボトルの空が
袋に詰めて捨てられていた。
息子はそれを目撃した瞬間、目をキラキラさせながら絶叫した。

「パパ!、パパ!、パパ!」

そう。その光景は彼にとっては、まさに“パパだらけ”だったのである。
通りかかった近所のおばさんに目撃されて恥ずかしかった、と妻はぼやいた。

ところで先日、息子と一緒に風呂に入っていた。
身体を洗ってやっていると、しきりに下を向いている。
どうしたのかと思えば、どうやら自分のおチンチンが気になるらしい。
小さな突起物を人差し指でツンツンしながら首をかしげている。

「それはね、チンチンだ。」私が指摘してやると、
「チンチン!チンチン!」と嬉しそうに息子は口真似をした。
「そうだ。チンチンだ。男の武器だ。」私がそう教えてやると、
息子は満面の笑顔で「チンチン!チンチン!」と繰りかえしたあと、
ありったけのボキャブラリーで私を指差してこう言った。

「パパ、チンチン、アルネー!」

私は、すこし反省した。

それから程なくして、妻と息子が電車に乗っていたときのことだ。
静かだった車中で息子は突然、妻を指差して叫んだ。

「ママ、チンチン、ナイナイ!ナイナイ!」

一転、失笑の渦に包まれたのは言うまでもない。
妻の苦闘は続く。

やはり、父としての私はろくなものではない。

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