リレーコラムについて

手も言葉も届かない

高橋真

大学生の頃、ブルゴーニュの蔵元を1週間くらい訪ねて歩いたことがあります。
ディジョン(マスタードでも有名)とボーヌという街を中心に、
コート・ドール(黄金の丘)と呼ばれるブドウ畑地帯が広がっている。
その中にポツポツと点在する蔵元をほんとに歩いて回るんです。

ブルゴーニュは、かつて1つの国だったくらい広い地域です。
例えて言うなら、おイモ好きが高じて埼玉県全域を
(もしくは、ピーナッツ畑を巡って千葉県全域を)歩き倒すようなもの。
今だったら、とてもとても、できるものじゃありません。

季節は冬の終わり。ブドウの実どころか葉っぱさえ生えてない。
観光客なんて、ほとんどいないオフシーズンです。

まずは宿から蔵元に電話するところから始まります。
「私は日本から観光に来ています。お宅を見学させていただきたいのですが?」
というフランス語を丸暗記して棒読みします。
向こうが何を言っているのかは、ほとんどわかりませんが、
OKかダメかくらいは理解できます。
いい感触だったら予約を取って、その順にテクテク回る。

素晴らしいおもてなしをして下さったのは、
ムルソー村の「ミシェロ・ビュイソン」という蔵元です。
心臓の手術から復帰したばかりというベルナールじいさんが、
惜しげもなく栓を抜いて、次々ワインを振る舞ってくれました。
自分もぐいぐい飲んでました。大丈夫だったんでしょうか?
10年モノ、1級畑のムルソーなんかも出てきて、
お金取られるんじゃないかって不安になったくらいです。
ヌーボーより若い醸造途中のワインまで初体験。
「1本くらい買って帰らないと失礼なのでは」
と思って、その旨を申し出たところ、
「重いだろ?日本にも輸出してるから、帰って買いなよ」
みたいなことを言ってくれたんだと思います。たぶん。
とにかく、商売っ気ゼロなんです。
白ワインがお好きな方は一度お試しください。
じいさんの人柄が出た、誠実でしっかりした味の逸品です。

ブルゴーニュには世界一有名な蔵元があります。
歩いていたら、偶然、その前に着きました。
門から中をのぞくと、関係者らしきおじさんがいます。
ダメ元で、と思い、
「あのー予約とかしてないんですけど見学させていただけませんか?」
と聞いてみました。片言のフランス語で。
さくっと断られたので、
日本人らしい愛想笑いとお辞儀を繰り返して立ち去ったのですが、
実は相手の返答がよく聞き取れなかったんです。

「Non, sortie(フランス語で、出ていけ)」
「No, sorry(英語で、ごめんなさいね)」
どちらかだと思うんですけど、
たぶん「出てけ!」だったんだろうなあ。フランス語で聞いたし。
そう気づいたとき、
僕は一生そこのワインを飲むことはないだろうと思いました。
まあ、ロマネ・コンティなんて飲めるわけもないのですが。

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