リレーコラムについて

君たちはどう広告するか?

阿部広太郎

「広太郎、コンテンツの部署に来ない?」

 

今思うと、まるで将棋の対局のようだった。

小さな会議室、真四角の机を挟んで座る、僕と大先輩。

笑顔80%の表情の大先輩が放つ、王手となる一言。

一瞬のあいだに感情が行き交う、僕の心にさざなみが立つ。

大先輩の残り20%の表情は、真剣勝負そのものだった。

どうしよう、はやく、はやく、何か言わなくちゃ…

 

「ええっと…」

 

机の上には将棋の駒の代わりに僕の書いた書籍があった。

青いカバーに僕の好きなフォント「A1明朝」で書いてある。

「待っていても、はじまらない。—潔く前に進め」と。

 

それは2016年の秋のことだった。

大先輩から「ちょっと話さないか?」と連絡があり、

僕は近況報告として本を持参していた。

 

ちょっと話をしようの、その「ちょっと」が、

本当にちょっとした話だった試しが僕にはない。

 

それは大先輩がリーダーとなって新設する、

コンテンツのセクションのお誘いだった。

 

とてつもなくありがたい話なのに、

その時、僕が逡巡していたのには訳があった。

 

君たちはどう生きるか、は名作のタイトルだけど、

君たちはどう広告するか、と問われている気分だったのだ。

 

これから僕はどう広告と関わっていくべきなのか?

 

からまるイヤホンみたいに、

僕の考えは、ごちゃごちゃだった。

ほどくために手を付けていったのは、

2015年の思い出だった。

 

僕はコピーライターとして広告制作を主な業務とする、

「クリエーティブ局」を離れ、ビジネスそのものを、

クリエーティブの力でつくっていくことを目指す、

「ビジネスクリエーションセンター」に、

1年間のインターンに出ていた。

 

広告づくり、から、仕事づくり、に挑戦したい。

その思いで、インターンの選考を受け、

何とかその機会を得ることができたのだ。

 

当時、志望動機でこんなことを書いていた。

 

『リスクを恐れない、一人一事業の時代へ。』

冒険にはリスクがあります。でも今こそリスクを恐れずに、

電通のみんなが、新たなメシの種を持つ、一人一事業の時代にしたい。

商品の企画から携わるレベニューシェアを得る仕組みも。

(レベニューシェアとは、成果に応じて報酬が決まること)

音楽ビジネスでアーティストが売れた分だけ対価を得る仕組みも。

自分なりに冒険しながら商いをつくってきました。

電通は、もっと冒険できると証明したいです。

電通を、未来をつくる会社にしたいです。

 

青くさいのは許してほしい。

奥底にあるのはぎらつきと、危機感。

コピーライターの可能性は限られたもんじゃない、

そして、広告制作だけに甘んじていてはいけない、

そんな風に僕なりに本気で思っていたのだ。

 

実習を意味するインターン。

ただ習うだけで終わることはむしろまれだ。

お互いにとってのお試し期間。

そこには、選考の意味合いも含まれる。

 

結論から言うと、僕はハマらなかった。

1年間のチケットは、

本当に1年間でその有効期限を終えた。

 

企業の経営者と並走し、組織の在り方を考える。

あるいは新規事業をつくる仕事は刺激的だった。

それが合う合わない、というより自分の根っこを再確認した。

 

2016年の夏。もとのクリエーティブ局に出戻り、

その矢先に、大先輩に呼び出されたのだった。

 

その場で僕の一手を返すことはできなかった。

「考えさせてもらっていいですか」と言って、

その、ちょっとした話は、解散となった。

 

広告業をどう定義するかは人それぞれにあるだろうし、

そこにその人の「らしさ」が出ると思う。

僕は「関係創造業」がしっくりきていた。

音楽でいえばライブ、お笑いでいえば寄席、映画でいえば映画館。

「世の中に一体感をつくりたい」就職活動の時から言っているこの言葉。

創作と現場と共有の現場。その関係を広げていくことが、

僕は大好きなんだよな、ということだった。

 

おそらくきっと、コンテンツの仕事は、

その渦中に、えいやーっと飛び込むことになる。

コピーライターでその部署に行ってる人はまだ一人もいない。

気になる、やってみたい、

けどもしも、そこで厳しいとなったら、

どこに自分の居場所があるんだろう?

大丈夫だろうか? やれるだろうか?

先のことなんてわかるわけないのに、ぐるぐると。

 

たった一言だった。

 

「先輩がコンテンツってすごく『ぽい』ですけどね。

阿部さん自身がコンテンツだと思うので」

 

信頼する後輩に言ってもらえたその一言で、

気持ちはパァーッと晴れていった。決断できた。

なんだ!  悩みのからまりは、僕の空回りだった。

 

あれから4年が経つ。飲みの場で大先輩は言う。

 

「あの時、広太郎、ほんと潔くなかったよな(笑)」

 

ほんと勘弁してください、と言いながら僕はこじつける。

潔さとは、とことん考えた先の清々しさなんです、と。

 

コンテンツの仕事。そこにある本当の厳しさ。

大きな壁にぶち当たるのは、異動した後のことだ。

 

(つづく)

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