リレーコラムについて

Rちゃん(当然だけど仮の名前です)

廣瀬大

今から5年ぐらい前のこと。

朝、コーヒー片手に会社のメールの受信箱を開く。

仕事のメールに混じって不思議なメールが一通、届いている。

件名は「お久しぶりです。覚えていますか?」

メールアドレスは送り主の名前をそのまま使ったもので

@の後ろは僕の所属している会社のアドレスになっている。

そのアドレスを見て、すぐに彼女が誰だかわかった。

30年以上の時間が、会社のデスクに向かっている

僕の中でぐわんぐわんと巻き戻り、

新橋のオフィスから1980年代の埼玉のベッドタウンへと

僕はタイムトラベルしていく。

 

Rちゃん(当然だけど仮の名前です)は僕がまだ幼稚園に入る前から

小学校低学年の頃まで、近所に住み毎日のように一緒に遊んでくれた

幼馴染の女の子だ。

長い黒髪の可愛らしい女の子。我が家から徒歩10分の一軒家に住んでいた

Rちゃんは、僕と同じ幼稚園に通い、幼稚園から帰ってきてからも

しょっちゅう家に遊びに来てくれた。

小学校に上がってからもクラスが一緒だったこともあって、

放課後に遊んだことを覚えている。3歳下の僕の弟にも優しくしてくれた。

でも、小学校4年生になった頃から、クラスも変わり遊ぶ相手もなんとなく変わってきて、

いつの間にか疎遠になってしまった。

父親の関係で僕が長野に引っ越したことから、連絡は完全に途絶えていた。

 

なぜ、彼女からメールが?

一体、どうやって僕のメールアドレスを知ったのだ?

というより、彼女のメールアドレス、僕の勤めている会社のアドレスじゃん。

僕はメールを開いた。

 

だいちゃん、お久しぶりです。

小さなころ遊んでもらっていたRです。

覚えていますか?

この間、ロビーでだいちゃんを見かけてビックリ!

全然顔、変わってないね。すぐわかりました。

私は去年から同じ会社で働いています。

フロアが違うから、全然、気づかなかったね。

もし、よろしければ食事でもどうですか?

それではまた。

 

会社のフロアで僕を見かけた彼女が、社内のシステムを使って

僕のメールアドレスを調べたのだ。

30年以上も会っていなかった幼馴染の女の子からメールが届く。

しかも、偶然にも今、同じ会社に勤めている。

こんなドラマチックなことが実際にあるなんて。

そして、何よりも驚いたのは、

小学校低学年から変わっていない僕の顔!

もう30代後半だぞ! どんだけ成長してないんだ、僕の顔。

普通わからないだろ。すれ違っても。

 

僕は早速、返事を書いた。

もちろん、覚えていること。

この奇跡的な再会に感動していること。

ぜひ、食事に行こうということ。

そして、僕たちは30年の時を超えて夕食を一緒に

取ることになった。

 

―じゃあ、店は僕が予約しておきます。

―苦手な食べ物や飲み物はありますか?

 

―特に ないです。

―当日、楽しみにしています。

 

さて、いざ、再会する段階になり、ふと僕は不安になる。

30年以上の年月が経っているのである。

もう、彼女は僕と遊んでくれていた幼いRちゃんではない。

別人だ。

どういう感じになっているのか、まったく想像がつかない。

相手がどんな雰囲気かわからないから、どうお店を選べばいいのか

想像がつかない。

う〜ん、どのお店がいいんだろう?

どんな再会でも受け入れてくれる懐が深いお店。

 

そして、ふと、震撼する。

ここで妙に小洒落た「なんとかバル」だとかを予約して、

最初に一杯目にスパークリングワイン的なものを頼もうものなら、

なんか下心のある男に思われるに違いない。

僕は悩みに悩んだ挙句、再会の場所を決めた。

馬頭琴を聴かせてくれる本格モンゴル料理屋さんに。

 

理由1、前に行ったとき、とてもおいしかったから。

理由2、下心があるように感じないから。

理由3、話題に困ったら馬頭琴がなんとかしてくれるような気がしたから。

 

再会の日を迎え、僕は馬頭琴を聴かせてくれる本格モンゴル料理屋さんに

向かう。すでに、Rちゃんは席に着いていた。

すらっとした長い黒髪の女性。シックなスーツを着て、席に座っている。

仕事ができそう。優秀そう。

もし、すれ違っても僕は幼馴染とは決して気づかなかっただろう。

「久しぶりー」とRちゃん。

「久しぶり」と僕。

あの頃のRちゃんと、目の前のRちゃんが僕の頭の中で結ばれていく。

流れる馬頭琴の生演奏。久しぶりに食べる羊の肉。ヨーグルトみたいな味のお酒。

不慣れなモンゴル的な世界観の中で、僕たちは昔の思い出話に花を咲かせる。

そういえば、小学生の頃からRちゃんは成績が良かったこと。

なかなか、Rちゃんは逆上がりができなかったこと。

そんなことを思い出していく。

話しているうちに、今、住んでいる場所も隣駅であることを知る。

恐るべき運命。

「それにしても、よく僕に気づいたね」

「そりゃー、気づくよ。同じ顔だもん」

「成長してないってこと?」

「う〜ん、そういうことじゃないな。根本的に顔が変わってない」

「僕のことを覚えていたことも驚きだよ」

「そりゃ、忘れないでしょ」

そうだった。忘れるはずがない。あの頃、ずっと一緒に遊んでいたのだ。

毎日、ともに過ごしていたのに、今ではすっかり音信不通になっている。

そういう友が他にも何人もいる。

彼ら、彼女らは今、どうしているのだろう。

「うわっ、懐かしい。」

「え?」

「その芥川龍之介みたいなポーズ。幼稚園の頃からやってたよ」

「え、そんなことしてた? 僕?」

「顎に手をやって、しょっちゅう、うん、うん、うなずいてた」

ヨーグルトみたいなお酒はアルコール度数が高くて、

思っていた以上に酔いが回ってくる。

幼稚園児のRちゃんと僕が家で遊んでいる。

僕は顎に手をやり、Rちゃんの話にうんうん、うなずいている。

そんな姿が目に浮かぶ。

 

Rちゃん。本当にありがとう。僕を覚えていてくれて。

何はともあれ、誰かが自分のことを覚えていてくれる。

それがこんなにも嬉しいことだということに、今、気づけたよ。

「ところでなんでモンゴル料理屋さんなの?」

「ん? なんでだっけね」

馬頭琴の物悲しげなメロディーが流れる。

Rちゃんと僕はその旋律に耳を傾け、しばし会話が途切れる。

 

 

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