ゾワワな弟子
いまから十数年前、僕のコピーライター人生で一度だけ、一年半だけトレーニーがついたことがある。トレーニー、昔風に言うなら弟子。当時、僕は福岡から東京に出てきたばかりで、田舎者だと舐められないよう胸の奥でイキっていた。そんな折に「下を育ててみないか?」と上司から打診があった。無理…。東京に舐められないように(主語でかい)、自分のことで精一杯なのに下の面倒を見るなんてできない。もとより人を育てたことなんてないし、育てる自信もない。そう思ったけれど「弟子がいる」という状態は、それはそれで「東京でイキるための武器」のひとつにはなるのではないか?と判断した浅はかな僕は、その打診に飛びついた。
かくして、うえはらけいた君は僕のもとにやってきた。うえはらけいた君。彼は今、漫画家として生計を立てており、今年「ゾワワの神様」という新人コピーライターの生態を描いた作品を出版してちょっとした話題になっている。コピーライターとして育てたはずの弟子が、コピーライターを辞め、漫画家に。この事実だけでも、僕のコピーライターを育てるスキルの程度が想像できるだろう。師匠失格である。さて、うえはら君である。彼は半年の研修と試験を経て、コピーライターとして僕が所属するクリエイティブ局にやってきた。なんというか、子犬のような青年であった。おとなしそうに見えるけれど、油断していると噛みついてくる。そんな印象。配属初日、僕はうえはら君を連れて飲みに行った。なんてったって今日から僕は師匠なのだ。師匠たるもの、弟子と酒を酌み交わすのだ。店に着き「最初はどうする?ビールいっとく?」と言うと、彼はコーラを頼んだ。いいだろう、コーラは僕も好きだ。コーラとビールで乾杯する。そうして、僕とうえはら君の師弟生活がスタートした。
うえはら君は何も教えなくてもコピーがうまかった。わけでは決してなく、手取り足取り教える必要があった。当たり前だ。未経験者なのだから。だから師匠がいるんじゃないか。とにかく数をこなせ、コピー年鑑を読め、いろんな経験をして悩め、ダジャレに頼るな…。師匠らしいことはぜんぶ言った。しかし「うえはらはどう?」と上司に聞かれても「いやあ、ははは」と苦笑いする日々。教え方がまずいのかな…。そんな思いがよぎり始めた頃、彼はこんなコピーを持ってきた。「一期一絵」。ある絵画展のスポンサー企業が、展覧会会場に掲示するパネルに添えるコピーである。あまたある絵画との出会いもまた、一生に一度。それまでさんざん「ダジャレばっかりじゃダメジャ」と口すっぱく言っていたのだけれど、これはいい。師匠、ちょっとうれしかった。やればできるじゃないの。このコピーをおすすめでプレゼンし、展覧会に掲示された。ダジャレはダメだと言ったその口で、ダジャレ案を推す。師匠失格である。
その仕事をきっかけに、うえはら君はぐんぐんと実力をつけていった。わけでは決してなく、しかしそれでもコピーライターの階段を一歩ずつ登っていった。当時の私といえば、まだまだ中堅になりたてで、CDに怒られることも良くあった。「このコピーどこがいいか説明して」と、師匠が目の前でCDにド詰めされている状況は、弟子にとってどんな気持ちだろう。ついでにうえはら君も流れで怒られる。そんな打ち合わせの帰り道、「また訳わかんない怒られ方したな」と、やさしく弟子に声をかける僕。怒られたのは自分で、訳わかってなかったのは自分なのにCDのせいにする。これまた師匠、というかコピーライター失格である。
そうこうしているうちに、うえはら君オンリーで駆り出される案件が出てきた。「うえはら君ちょっと借りていい?」と、まるでボールペンでも借りるようにCDは彼を連れて行った。いいじゃないか。がんばれよ、うえはら。でも調子に乗るなよ。その仕事がすこし進んだ頃「ちょっとコピー見てもらっていい?」とCDが僕を呼んだ。なるほど、うえはら君のコピー指導をしてもらいたいのだな。まかせんしゃい。呼ばれた先の打ち合わせルームでは、ADやプロデューサーなどスタッフ総出で慌ただしくプレゼン準備をしていた。デスクにはカンプがずらっと並んでいる。「コピーどう思う?」とCDから意見を求められる。初見、悪くないと思う。むしろよい感じ。けれど妙にこなれた感じも受ける。どこかで見たような言い回し?うえはらめ、小手先に走りおったな。ここは師匠がガツンと言ってやらねば。開口一番「ぜんぜんダメっすね」とカマす僕。静まり返る打ち合わせルーム。「どこかで見たことある言い回しだし、この商品の本質を捉えてない気がします。僕だったらこのコピーはプレゼンに持って行かない」。クリエイティブディレクションをも否定するかのごとく、勇気を出してダメ出し演説を続ける僕。横目でうえはら君を見ると、子犬のような目をして「もうやめて」と訴えている。ふん、調子に乗るからだ。と僕がさらに演説を続けようとするとCDがこう言った。「そのコピー俺が書いたんだよね」。静まり返る打ち合わせルーム。松重豊の「はやく言ってよ…」の状況である。そのあとのことはあまり記憶にないけれど、きっと僕は、雨に濡れた野良犬のような顔をしていたに違いない。制作物そのものではなく、誰が作ったかをもとに批判する。師匠失格というか、もはや人間失格である。
うえはら君が、さらに伸びていこうとしている矢先、僕は福岡に戻ることになった。東京での最終日、僕は一言「じゃあね、がんばれよ」と彼に言って会社を出ようとした。「いやいやいやちょっと待ってくださいよ!」と僕をひきとめる彼。「最後なのにあまりにもアッサリしすぎでしょ」と言いながら彼は僕に手紙とプレゼントをくれた。そうか、師匠と弟子、最終日のお作法ってあるよね。まったく僕という人間は…。ダメな師匠でごめんね。あとで手紙を読むと、いままでのことがブワッと蘇ってきて、師匠ちょっと泣いちゃった。こうして僕とうえはら君の短い師弟生活は終わりを迎えたのである。
それからしばらく経ったころ、「うえはら君、漫画家になってるよ」と風の噂で聞いた。会社を辞め、漫画家としてデビューしたらしいのだ。検索してみるとTwitterで「コロナ収束したら付き合うふたり」という漫画を連載していた。やがて「コロナが明けたらしたいこと」とタイトルを変え書店に並んだ。そして今年、マスメディアンで連載していた「ゾワワの神様」が発売された。どちらの漫画も、買って読んだ。すごいな…うえはら。なにがどうなったらコピーライターから漫画家になるのか。その辺の話を、またコーラとビールで乾杯しながら、じっくり聞いてみたいと思う。
というわけで、横澤さんからコラムを引き継ぎました、九州の松田です。博報堂の重鎮な先輩方から受け取ったヘビーなバトン、重っ!なんとか一週間がんばります。
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