ハイボールひとつ
2019年の春。社会人7年目。
やっと電通九州に出向できることになった僕は、
慣れないデスクで東京から届いたダンボールを開けていた。
やっと、と書いたのには理由がある。
実は4年前から、電通九州に出向したいと言い続けていたが、
なかなか行けなかったのだ。
当時、東京では、
電通九州に出向した人は、なぜかTCCの新人賞を受賞して帰ってくる。
という噂が広まりはじめ、応募が殺到していた。
実際に、西村和久さんや、村田俊平さんや、渡邊千佳さん、石橋枝里子さんなど、
九州に出向した先輩たちが続々と輝かしい賞を獲っていた。
待ちに待った電通九州。
いったいどんな仕事をして、どんな出会いがあるのだろうか。
僕はわくわくしながら、
ダンボールから出したCMプランナー入門をデスクの上に置いた。
すると、「もう昼ごはん食べた?」と
声をかけてくれる人がいた。
振り向くと、絶対に会社に着て来るべきではない、
かわいいオーバーオールを着たおじさんが立っていた。
和久田さんである。
「あ、まだです!ぜひ行きましょう!」
そういうと和久田さんは嬉しそうにトートバックを肩にかけて、
近くの麻婆豆腐屋さんに連れて行ってくれた。
席に着いた和久田さんは、
「ここでビール我慢したら、麻婆豆腐に失礼やな。」
と言いながら生ビールを頼み、僕たちは平日の昼下がりから乾杯した。
「和久田さん、おいくつですか?」
「40や。」
「え、もしかして未年?」
「そうそう。」
「僕も28で未年なんですよ。」
「うわ、ひとまわりも違うやんか、ショック。」
「いやでも干支いっしょってことは、ほぼ同期ですね。」
「お、いいねそれ。」
「じゃあ、今日からわくちゃんって呼びますね。」
「じゃあおれは、てるてるって呼ぶね。」
謎の理論でビールを飲み、謎の理論で同期になったてるてるとわくちゃんは、
そのままスゴロクで飲み直すことにした。
スゴロクというのは、
わくちゃんが毎日のように通っているバーだ。
マスターの大野さんがつくる、ちょっと濃いめのハイボールがおいしくて、
僕はここに来るたびに記憶をなくしている。
でも、大野さんだけは何を話していたのか覚えている。
そして、次に行ったときはそのときの話を思い出しながら、
それをつまみにハイボールを飲み、また記憶をなくすのだ。
まるで、人生の外付けハードディスクである。
僕は、ハイボールをおかわりしながらわくちゃんに質問した。
「歴代出向してきた先輩たち、みんなすごいですよね。
僕もなんかおもしろい広告つくって、賞とか獲れたらいいな。」
はぁ。
今思えば、なんと生意気で浅はかなセリフなのだろうか。
九州に来られたことが嬉しくて、
先輩と仲良くなれたことが嬉しくて、
舞い上がっていたのだ。
わくちゃんが嫌な顔をしながらハイボールをひと口飲んで言う。
「もう優秀なやつはいらん。てるてるは、酒だけ飲んでてくれ。
もしおまえに才能があったとしても、おれはその才能を酒で枯らす。」
急にご機嫌が斜めになったわくちゃんに驚いていたら、
氷を削っていた大野さんが笑いながら、僕にやさしく言った。
「みんな東京に帰るけん、さみしいっちゃ。」
僕は、少し申し訳ない気持ちになって、
手に持っていたハイボールを飲み干した。
――――――――――
春田さんからバトンを受け取りました、辻中です。
2019年から2022年までの3年間、
電通九州に出向していたので、
その話をいくつか書いてみたいと思います。
スゴロクで失った福岡の記憶たちを呼び起こせるように、
今日はちょっと濃いめのハイボールでも飲んで寝よう。
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