下谷くんの話
「服の概念がない下谷さん」というラジオCMで、
2021年のTCC最高新人賞をいただいてしまったのですが、下谷さんにはモデルがいます。
下谷くんという幼馴染の友人です。ラジオの声も本人が演じています。
下谷くんの声は、なんと言ったらいいのでしょう。大型草食獣みたいな強くてやわらかい声なのに、子どもの発声のようにスコーンと通る感じがあって大好きです。そんなわけでここぞという時にラジオやTVCMのナレーションをお願いしています。
下谷くんが魅力的なのは、声だけではありません。
「イエスタデイって、今日やんな?」
とメールで聞いてきたこともあります。
私が夜に犬の散歩をしていたら、公園から「ドスっドスっ」と鈍い音が響いてきたので「丑三つ時的なヤツ……?」と恐る恐る覗いてみると、下谷くんが道着を着て木を殴っていたこともあります。
中学校のシャトルラン(ピアノの音階にあわせて体育館を往復する体力テスト)では、シャトルランのルールがよくわからず、すぐに失格になってしまい、体力テストなのに知力テストになってしまったこともあったそうです。
この前も私の家に下谷くんが来てくれたのですが、私の子どもの恐竜のおもちゃを見て下谷くんが「これ、名前なんやっけ?」と聞いてきました。なんか様子がおかしいなと思って詳細聞いてみると、「恐竜」という単語が思い出せないようでした。しばらく悩んだ末に
「ゾウ?」
とゾウみたいに澄んだ瞳で聞いてきました。ゾウではなく、トリケラトプスでした。
そんな下谷くんとはじめてしっかり会話したのは、中一の時でした(小学校も同じですが仲良くはなかった)
下谷くんと私はバレー部だったのですが、練習の途中で、突然、下谷くん体育館裏に呼び出されたのです。
下谷くんはやさしそうな外見ですが、マーク・ハントみたいに筋肉質で、ふくよかなのに50mを6秒台で走ります。当時通っていた中学校は荒れていたので「気にくわないから殴る……」とかだったら嫌だなぁとおそるおそる行ってみると、
「ゾイドごっこするから、小堀くん、アイアンコングやって」
とお願いされました。当時、 CGを駆使したゾイドのアニメが小学生を中心に人気でした。アイアンコングは、帝国軍が誇るメカ生体のゴリラです。「……え?あのゴリラのやつ?」と私がとまどっていると、下谷くんはこう言いました。
「僕、シールドライガーやるから!」
シールドライガーは主人公が乗る四つ足の猛獣です。同級生たちがタバコを吸い万引きを繰り返すその横で、四つ足で草むらを駆け抜ける下谷くん。
その姿は本当に格好よく、私はこの人に一生ついていこうと決めました。
下谷くんには、そのあたたかい人柄に自然と人が集まってくるのですが、中学校の番長にも気に入られていました。ある日、下谷くんの美味しそうなお弁当が番長に目をつけられ、全て食べられてしまう事件がありました。
その日を境に、下谷くんのお弁当は全て番長に盗られようになってしまったのです。
下谷くんは料理人を志していたくらい、食にこだわりのある人です。しかも、当時は成長期。下谷くんとって、番長にお弁当を食べられることは、とてもつらいことだったに違いありません。しかし、下谷くんは解決策を編み出したのです。それは
お弁当を2個用意する
というもの。番長に「ダミー弁当」食べさせる作戦にでたのです。結果は成功。
下谷くんのお母さんは、お弁当のひとつが番長に食べられると知りながら毎日お弁当を作ってくれていたそうです。母の愛ですね。
こんなこともありました。
中学生のある日。隣のクラスは自習でみんな黙々とプリント課題をしているようでした。それを嗅ぎつけたクラスの人気者(いわゆるスクールカーストの上の人たち)が「隣のクラスのやつらを笑かしにいこうぜ」と突撃したのです。
私はもちろんその中には入っていませんでしたが、廊下側の席だったので、すぐそばでそれを見ていました。その中には、無理やり連れていかれた下谷くんの姿もありました。
黙って自習する隣クラスの生徒にむかって、人気者がひとりひとり、何かしらの一発芸を披露していきます。
必死に笑かそうとするクラスの人気者。しかし、静まり返る隣のクラス。自分のクラスでは爆笑をとる人気者たちが、隣のクラスでは全然笑いをとれませんでした。ひとつ壁を隔てているだけなのに、まるで違う国のよう。
あれは「身内の壁」だったのでしょう。
クラスの人気者が隣のクラスで信じられないくらいスベっている。次第に不穏な空気が流れ始め、下谷くんの番になりました。
下谷くんは、ちょっと間を置いたあと、凄まじい声量で叫びました。言った内容は意味不明なカタカナを叫ぶとかそんな感じだったと思います。ただ、下谷くんが言葉を発すると、静かだった隣のクラスから「プッ」っと吹き出す声が聞こえ、それは次第に大きな笑い声に変わりました。
身内の壁を軽々と超える人がいる!
それはスゴくスゴく衝撃的で、中学生の私はそれに強い憧れを持ちました。今、まがりなりにもモノ作りの末席に身を置いているのは、この時の強い憧れが原体験としてあります。
ついこの間も、下谷くんともうひとりの同級生でキャンプツーリングに行きました。
下谷くんは、1ヶ月で3000kmくらい走ってしまう重度のバイク好きなのですが、私ともう一人の友人は、たまに乗るくらいのレベル。
旅の前に、ツーリング中に自由に会話ができる「インカム」という機械の素晴らしさを下谷くんに教えてもらい「私は高いな……」と思いながら25,000円出してそれを買いました。
しかし、もうひとりの友人は「インカムはいらないかな〜」という温度感でした。このままではひとりだけ会話に参加できません。
その様子を見て、下谷くんは友人のために最上級グレードのインカム(40,000円)を購入。なんと友人に貸し出したのです(しかも品切れしていたので、たくさんのお店に在庫確認して他府県まで買いに行ったそうです)
なんていい人なんでしょうか。
結果、3人ともツーリング中にインカムで繋がることができました。同級生と思い出話に花を咲かせられるかと思いきや、下谷くんは会話をぶった切って、いきなりお下劣な替え歌を歌い出す、10分おきにゲップをするなどなど、それはひどい音声を一方的に伝えてきました。その日は猛暑日で最高41℃を記録したのですが、
「暑い時は、100℃と比べたらマシと思ったらいいねん」
と何の役にもたたない助言を25,000円のインカム越しにくれたりもしました。帰りは滝のような雨に打たれましたが、一生忘れられない素敵な思い出になりました。
下谷くん、これからも仲良くしてね。
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