リレーコラムについて

境界線(シラフと酔っ払い)

鈴木聡

先週のライター小澤裕介とは入社した時の研修班が同じで、かれこれ30年以上の親友である。小澤は会社の良心である。彼がいてくれたおかげで会社をやめなかったと言っても過言ではない。そんな彼がコラム最終日、僕の前向上を書いていてくれた。

 

酒と別れを告げたのは

酒に愛され過ぎたから

しらふの奥に 狂気をしのばせて

今日もはるかな旅路をめざす

愛のクリエイター

鈴木聡さんが唄います~

 

前向上のとおり、十年前に酒に別れを告げた。せっかくなので、自己紹介がわりに、酒をやめた日のことを書いてみようと思う。

止める直前、僕はブラックニッカのボトルを2日に一回空けていた。家の近くのコンビニで2日に一回ブラックニッカだけを夜中に購入しつづけた。コンビニの店員に「あ、またニッカさんが来たよ」と勝手にあだ名をつけられていたことと思う。

酒をやめたのは、山口県でのロケ撮影の時である。ロケと言えば宴会。山口県と言えば日本酒の「獺祭」だ。撮影前日に大宴会が開かれた。(撮影後ではなく、翌日の撮影で二日酔いで苦しむことを美徳とするCDがいる昭和なチームだった)

獺祭に発泡酒があるのはご存知だろうか?シュワシュワするので、ジュースのようにゴクゴク日本酒が飲めるのだ。当然1軒目でチーム全員が完璧に出来上がっていた。もちろん、昭和なチームなので、はしご酒だ。ロケの数日前、僕は台風の中サーフィンをして足首を骨折しギブスに松葉杖だった。プロデューサーが車椅子を用意してくれていたので、僕は車椅子に座った。誰かが「走るぜ!」とカッコよく切り出した。何が走るぜだ。アホか。「走りますか!」とみんなが応える。チームが一体感に包まれる。くだらん。

人は酔うと子どもになる。子どもになると走りたくなる。そして、子どもは回転するものを速く回転させたくなる。覚えているだろうか?公園のグルグル回転する遊具を。遊園地のコーヒーカップを。子どもは回転スピードの限界に挑みたくなるのだ。子どもになったプロデューサーが僕を乗せた車椅子の車輪を限界まで回転させる。山口の街を40歳を過ぎた大の大人たちと車椅子の僕が、子どもになって全速力で駆け抜ける。ゴールは場末のスナックだ。みんなアルコールによって、大人と子どもの境界線を超えて、子どもになっていた。しかし、プロデューサーの中の大人は、境界線を超えていなかった。1メールほどの小さい横断歩道で、ちゃんと急ブレーキをかけ車椅子を急停車させたのだ。彼は文系だったので慣性の法則を知らなかったのだと思う。僕は理系だったので、法則どおり吹っ飛んだ。40歳過ぎのギブスのオッサンが山口の夜空を飛んだ。ネオンが綺麗だった。道の向こう側の生垣に突っ込んだ。いろんなものが刺さった。痛いなんてもんじゃなかった。子どもだったら、泣き叫んだだろう。しかし、僕はその瞬間、大人に戻った。「場をシラけさせてはいけない!」。なんでもないことをアピールして場を盛り下げないようにせねば。咄嗟に思いついたのが、松葉杖なしでギブスをつけたまま走ることだった。そして、僕は立ち上がって走った。ウケた。アルコールさえ入っていれば無敵だ。ギブスの脚でも走れるのだ。

その後、スナックを何軒かはしごしたはずだが、その間のことは全く記憶がない。

ホテルに戻ってきた。車椅子を降りて松葉杖をついて部屋に戻ろうとするが、飲み過ぎで腰が抜けて転がってしまった。みんな子どもになっているから、優しい。そう、ゴール手前で転んで走れない子がいれば、みんなが抱きかかえてゴールまで一緒に走ってくれるんだ。みんなは僕をホテルの廊下に横たえ、それから7、8人で持ち上げてくれた。霊柩車に棺桶を載せるときに男性7、8人で棺を抱えるが、ちょうど、その棺が無い状態と言えば、状況がわかってもらえるだろうか?その形のまま、僕は部屋まで運ばれる。見えるのはホテルの廊下の天井。左右を見渡すとチームメンバーの顔・顔・顔。こんなダメな僕を、こんな体重の重い僕を、みんなが優しく抱きかかえてくれている。僕は号泣した。棺桶の中の遺体となって生前の感謝をしているような、ゆりかごの赤ちゃんに戻ったような有り難さと嬉しさで、とめどもなく涙が溢れた。「ありがとう!ありがとう!ありがとう!」泣きじゃくる40歳過ぎのオッサン。もう十年前になるが、いま思い出しても、心の底から恥ずかしい。アルコールはこわい。

翌朝目覚めると、部屋の一番左端と一番右端に松葉杖が散乱していた。シャツはビリビリに破れ、出血し、ギブスの足首がズキズキ痛んだ。暴行されたあとの部屋のようだった。「このままでは、死ぬ」そう直感した。もう潮時だと思った。そうして、僕は酒を卒業した。それから一滴も飲んでいない。

ホテルの廊下で、棺桶の遺体となり、酒飲み人生の象徴的な死を経験し、同時に、ゆりかごの赤ちゃんとなって、酒のない人生の象徴的な誕生を経験したのかもしれない。

はじめまして、主にCMプランナーをやってます鈴木聡と申します。

リレーコラムって、こんなんでいいんでしょうか?

いま、「コラム」を辞書で調べたら「コラムは特定のテーマに対して深い洞察や意見を提供する文章形式」と書いてあって、「違うものを書いてしまった」と知りましたが、書き直す時間もありません。ええい、このまま出してしまえ。

僕は美味しさのために酒を飲んでいませんでした。「自分」と「自分でないもの」の間に境界線があって、僕は、「自分でいること」が耐え難く、境界線の向こう側の「自分でないものになるため」に酒を飲んでいました。思い返すと、「境界線を越える」ことが、僕の人生のテーマなような気もするので、明日から、いろいろな「境界線」に関して、書いていこうと思います。

それでは、1週間、よろしくお願いします。

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