リレーコラムについて

尾道に教わったこと

川原綾子

生まれは横須賀ですが、広島の尾道を故郷のように慕っています。

行きつけの宿ならぬ、行きつけの町として、ここ数年の間に6、7回は滞在したでしょうか。

きっかけは高校の修学旅行です。海を望む、山側の木造住宅の2階のベランダから「どこから来たの?」と気さくなおばさんの声がして、しばらくおしゃべりを楽しみました。

旅先で、地元の人に声をかけてもらうって、すごくうれしいものです。

何を食べたか、どこを見たか、何を買ったかなんて全然覚えていませんが、そのことが、いつまでも消えないお土産みたいに、記憶に残っていました。そして思いがけず休みがとれた時、「あの感じのいい町に行こう」となって、それから数十年を経た尾道通いが始まりました。

もちろんベランダのおばさんに会えるわけではありませんが、尾道は、いつ行っても、楽しい出会いや思いがけない歓待が待っている町です。

地図を広げながら食事をしていると「突然話しかけてごめんなさいね」みたいな感じで、自分のおすすめのサイクリングコースを教えてくれる地元のお姉さん。

ほんのわずかの時間乗る渡船の中で、郷土料理「いぎす豆腐」の作り方を教えてくれるおばあちゃん。

私の好みを察して、楽しめそうなライブが、近所のお寺であることを教えてくれる喫茶店のマスター。

「新幹線で食べる何かを」とお願いすると、恐縮するほど気の利いたお弁当を作ってくれる料理店の店主。

こんな人たちに、次々と会えるわけですから、“行きつけ”にならないはずがありませんよね。

もてなしが素晴らしいと知られる、かの有名なホテルのクレドには、

「私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだそして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。」

と書かれているそうですが、洗練された雰囲気かは別として、“心あたたまる、くつろいだ” ”“最高のパーソナル・サービス”を、この町では、もてなしの研修も、クレドもなしで、みんなが、しぜんに手渡してくれるのは、どういうわけだろうと考えました。

そして、お弁当を作ってくれた店主の話を聞きながら「あ、こういうことかもしれない」と思いました。

店主の奥さんは、他の町から電車で尾道に戻ってくる時に、車窓から海が見えてくると「私って、物語の主人公みたい」と、その風景の中にいる自分にいつもうっとりしてしまうそうです。

住人が、まず尾道を愛しているんです。だから伝えたくなるし、町にふさわしく
振る舞いたくなるのでしょうね。

町だけでなく、チームとか、会社とかもそういうものかもしれないなぁと思いつつ、自分の身の回りから、そんな雰囲気をつくりたいと考えたりしています。

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