話、つくってませんから。(勝新太郎の巻)
そのレジェンドは、大勢の男たちを引き連れてスタジオに入ってきた。
いかつい大男、大部屋俳優風のおじさん、などなど、
ひと癖もふた癖もありそうな面々が周りを囲んでいる。
そして、その真ん中でひときわ威圧感にも似たオーラを出している人こそが、勝新太郎。
例の〝パンツに大麻〟の一件から6年が経とうとしていた。
僕らは、とある雑誌の創刊広告に思いきって彼を起用した。
その日はグラフィックの撮影。
勝新の登場に、スタジオ中が異様な緊張に包まれる。
そんな中、挨拶するよりも早く先に口火を切ったのは勝さんだった。
絞り出すような野太い声で「撮る人、どの人? キャメラの人は誰?」と。
機嫌がいいのか悪いのか、全く図りかねる状況の中、カメラマンのホンマタカシさんを紹介する。
「ああ、キミか。若いね。ま、とりあえず乾杯しよう。」とシャンパンの催促。
そう、数日前、勝新さんの事務所より連絡があった。
撮影当日はスタジオにシャンパン数本、ビールを数ダース用意しておくようにと。
えっ、もう飲むんだ。。。
真昼間から。しかも撮影前に?!
と思っている間もなく、もう酒盛りは始まっていた。
僕やADの秋山具義など、ひと通りスタッフの紹介と乾杯が済んだところで、
勝さんが「実は、オレもアイデアを考えてきたんだよ。」と。
やはり、そうきたか。。。
例の黒澤明監督との一件を思い出し嫌な予感。
衣装も持参していた。
中でも目を引いたのは、あの画家のバルテュスが勝さんのためにペイントしてくれたというジーンズ。
「これ、もっと色が鮮やかだったんだけど、玉緒が洗濯機で洗っちゃってね。。。」と。
バルテュスといえば、あのピカソが〝20世紀最後の巨匠〟と称えた画家。
NYのクリスティーズのオークションでは、約21億円で作品が落札されたほどの画伯である。
その巨匠がペイントしてくれたこともさることながら、それを洗ってしまう玉緒さんもすごい。
ましてや、その話をしながら豪快に笑っている勝新さんも、やはり異次元のスケールだ。
大麻の一件で、しばらく仕事から遠ざかっていたということもあるだろう、
僭越ながら、僕ら若いスタッフとの仕事がとても楽しそうだった。
撮影に関しても、僕らの狙いや方向性を理解し、気に入ってくれて、
自分の意見をゴリ押しすることなどしなかった。
ただ、いざ本番の時には既にお酒で顔は真っ赤。これだけは困った 笑
でも、終始ご機嫌。
撮影は、至極なごやかに終了した。
その翌年だった。
勝新さんは、この世を去られた。
亡くなられてから数年後、玉緒さんがご出演されたTV番組で、その時のポスターが紹介された。
「これ、主人がとっても気に入っていたポスターなんですよ」と。
うれしかった。
ほんとにあった話です。つくってませんから。
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