リレーコラムについて

違う、そうじゃない

シャハニ千晶

林潤一郎さんからバトンを受け取り、今週1週間コラムを書かせて頂くことになりました、シャハニ千晶です。
どうぞよろしくお願いいたします。

もともと苗字が竹迫だったのに、インド人と結婚してしまったのでこのような名前になった。人生は不思議である。中学生の頃は、イタリア人と結婚したかった。「イ」しかあっていない。イタリアに行った時、主人がイタリア人に間違えられたのがせめてもの救いだ。

そんなことはともかく、今日のタイトルは「違う、そうじゃない」である。あの、思わず足でステップを踏みそうになる、鈴木雅之さんの名曲である。

コラム初回から、しかも公の場で初めて告白してしまうと私は、人生の重要なシーンで、その状況を演出する歌が頭の中に流れてくる、という昔から人に言うほどもない「小さなクセ」がある。この機会に人生の重要なシーンとその時に流れた曲を思い出してみようと思う。

面白いことに、何回インドに行っても、その度に食あたりにあう人、初めてのインドなのに何を食べてもあたらない人がいる。私は前者で、何度もインドを訪れて、もうそろそろ胃腸たちも鍛えられただろう、と油断したその瞬間、「その波」はやってくる。

ある日、私はインドのムンバイで死にかけた。週末の晩に、友人たちと集まってお酒を飲み、調子に乗って食べたサーモンのグリル オリーブソース。味も美味しかった。でも、「オシャレで美味しい、安い。しかも安全。」インドにそんな美味しい話はない。

発酵学者の小泉武夫先生は外国で食あたりにあうことを「ゲリラ部隊」と呼んでいる。メコン川付近で「魚の内臓」を発酵させたものを食べる食文化があるそうなのだが、食べた日本人はその場で、一人、また一人と倒れていったそうだ。
その次の朝の新聞の見出しを考える。「ゲリラ部隊、ムンバイで死す」か。

その晩は一睡もできず、ベッドとお手洗いを30回ほど往復したあと、ベッドに戻らず、お手洗いの壁に頭をくっつけて寝た方が早いことに気づいた。半死でも知恵は出てくるものである。段々と自分の体が干物のようになり、気が遠くなっていく。

朝4時ごろ、横で寝ていた主人が起き上がった。「いや、起こしたら悪いと思って」というと、「なぜ起こさなかったんだ!」という長い説教が始まった。釈迦に説法というけれど、釈迦みたいな顔をしたインド人が説教をしている。
しかもこっちは半死状態だというのに。
人生は辛い。

その後病院から医者が駆けつけ、インドのポカリ的なものと超強力な抗生物質を置いて帰った。入院は免れた。そこから3日間、私は一切の食事をやめてポカリ的なものだけを飲んでいた。4日目の昼。ようやく何かが食べられる気がした。ホテルのルームサービスのメニューを眺めて「キチュリ」にしようと思った。

キチュリとはインドのお粥のことで、通常は豆とお米、ターメリック、ギー、塩などが入っている。ホクホクとした豆の甘さとお米が相まって、とても美味である。でも私は病み上がりの身なので、ギーもターメリックもいらない。

ホテルのスタッフに電話をして「ギーもターメリックも入っていないキチュリが欲しい」とお願いした。
そこからが、ゲリラ部隊の本当の戦いだった。ホテルのスタッフはシェフに代わり「いや、でもマム。ギーもターメリックも入っていないキチュリは美味しくないですよ!」と言い張る。「いや、ちがう、それでも良いから、ギーもターメリックも入っていないキチュリをください」と言い返す私。

その押し問答が2.3回続き、ようやくシェフが折れた。30分後部屋に運ばれたのは「ギー、ターメリックは入っていないが、ちょっとヒン(玉ねぎ100個煮詰めたのような香りがするスパイス)が入ったキチュリ」だった。
典型的な、大きなお世話系インド人である。

ルームサービスに再び電話をする。
「いや、ちがう、ちがう。ヒンなんか入っていたら食べられない。」と怒りを必死に抑えながら話す私。
「いや、マム。ヒンくらい入っていないと、キチュリは美味しくないですから。」
もう私の頭の中で、鈴木雅之さんの「違う、そうじゃない」の曲が右脳から左脳、もしくは後頭葉から前頭葉にまっしぐらに流れていく。

違う 違う そうじゃない

このままじゃ辛い ひざまづきそうさ

最終的に、何にも入っていないキチュリが届いたが、横にはなぜか、ゆで卵とディルがあった。
プライドをズタズタにされた、シェフの最後の足掻きを感じた。

初回から、コピーライティングとはおおよそ関係のない話で、ごめんなさい。でも最近思うのは、「この食べ方でないと、美味しくない」「この考え方が、絶対に正しい」大人になればなるほど、偉くなればなるほど、思い込みという「思いごみ」が発生するなあ、ということ。

既成概念や形骸化した慣習、時代に取り残されたルール。
毎日その「ごみ」を捨てて、まっさらな言葉を書いていたいと思う。

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