酒
下戸である。
かつて急性アルコール中毒を経験したこともある、
真性の下戸である。
日本酒の匂いだけでほろ酔いになれるし、
洋菓子のラムレーズンに潰されかけたこともある。
飲み会に参加するときはいつも
スーパーの買い物袋をポケットに忍ばせているし、
学生時代の飲み会では一気飲みのかわりに
ジョッキのビールを頭からかぶってごまかしてきた。
それほどまでに、下戸である。
下戸であるから、二日酔いというものに憧れる。
宿酔、と書くとさらによい。玄人の雰囲気がある。
下戸であるから、エイヒレにも憧れる。
酒を飲まない男にエイヒレを食べさせる店はない。
板わさ。あん肝。枝豆。おでん。
酒飲みだけに許された食の悦びはあまりにも多い。
生まれ変わったら、大酒飲みになりたい。
エイヒレをあてにしてみたい。
もっきりとやらを啜ってみたい。
燗つけて、などと言ってみたい。
ワインやバーボンの薀蓄を傾けてみたい。
バーテンダーにやさしく諭されてみたい。
ファミレスのドリンクバーではなく、
本物のバーでひとりコピーを書いてみたい。
たいして親しくもない友と、
たいしておもしろくもない話を
大声で何度も繰り返してみたい。
翌日にはきれいさっぱり忘れてしまう
男の約束を熱く交わしてみたい。
できれば鼻歌をうたいながら
千鳥足で駅のホームを歩いてみたい。
ときどきカバンをなくしてもいい。
どうやって家にたどり着いたかわからないまま
正体もなく眠り込んでみたい。
顔も洗わずに。寝間着に着替えることもなく。
そうして迎える土曜日の朝に、
絶望的に宿酔してやるのだ。
ドリルの細川さんからバトンを受け取りました
松元篤史と申します。一週間、よろしくお願いします。